ガラスの棺 第15話 |
その部屋には三人の青年がいた。 そのうち一人は座り心地の良さそうなソファーに腰をおろし、優雅に紅茶を飲み、そして笑みを浮かべた。 「まさか、こんなに早いとはね」 今この部屋の中には、この優雅な空気には不似合いな罵声が響いていた。 ここにいる誰かが騒いでいるわけではない。声はテーブルの上に置かれた端末から流れてきているものだった。聞こえているのは超合集国の定例会議で起きている騒動。 あの会場内を盗聴していた青年は流れてくる内容に薄く笑いながらつぶやいた。 何て愚かな妹なのだろうと、その表情が物語っている。 「僕も驚いています。でも、これでようやく動ける」 たった5年しか持たなかった。 だが5年もの間縛られていた鎖から解放され、やっと自由になれる。 ゼロである以上、あの場所にいなければならない。 だが、ゼロの中身が知られた以上、もういる必要はない。 「ゼロに仕えよ・・・それがシュナイゼル様へのギアスですが・・・」 傍に控えていた人物は、どういたしますかと口にした。 「身の振り方はご自由に。すでにゼロは役目を終えました。ただ・・・」 スザクはすっと目を細めてシュナイゼルを見た。 「敵になるならば容赦はしないと言いたげだね。だがスザク、君はどうやら今まで勘違いをしていたらしい」 「勘違い?」 「私は今まで一度も、君をゼロだと認めていない」 シュナイゼルはくすりと口元に笑みを浮かべた。 「・・・それは・・・」 その言葉に驚いたのはスザクだけではなく、カノンもだった。 ゼロに仕えよ。 そのギアスはカノンにとって腹立たしい物だったと同時に、シュナイゼルに人間らしい感情をもたらせてくれたものでもあった。 最初の頃は呪いを解除する方法を探したものだが、自身の生にも執着を見せ始めたシュナイゼルは、一度しかない人生というものを楽しみ始めていた。その姿を見て、カノンは結末を受け入れた。 だからゼロが消えると言うことは、以前のシュナイゼルに戻るのかもしれないと、一抹の不安を感じていた。 「ゼロとはただ一人、ルルーシュだけだ。君程度の人間が、ルルーシュの替わりになどなれはしない。仮面をかぶりゼロと名乗れば誰でもゼロになれるわけではないからね。私はあの子が生きていたなら君の手助けをするようにと命じるだろうと考え、それに従ったに過ぎない。・・・既にいない主に仕えると言うのは辛いものだね」 あの子の思考、あの子の感情、あの子の願いを思い描きながら動くのだから。 この5年もの間死者に仕えていたという告白に、二人は驚きを隠せなかった。 「さて、君がゼロだと知られた以上長居は無用だ。間もなくここに彼らは来るだろう。私たちは、退場するとしよう」 ハッとなったスザクは手早くゼロの衣装から黒のスーツに着替えた。青い髪のかつらをかぶり、サングラスを身につけ、軽く変装をした。 これならシュナイゼルのSPで通せる。 「スザク、ここで我々を切るのは構わないが・・・実は先日、新しいアヴァロンが完成したのだが?」 その言葉に、スザクはハッとなった。 「新しいアヴァロン?」 そんな話は聞いていない。 「思い出深い戦艦だからね、新しく建造していたのだよ」 今の君たちには必要では? ロイヤルスマイルで言われた言葉に、スザクは思わず苦虫を噛み潰した顔をした。 そうだった。 この人は、あの天空要塞ダモクレスを人知れず建造したのだ。 アレよりもはるかに小さなアヴァロンの建造なら、誰にも知られず行うことぐらいできるのだ。今までスザクに仕えていなかったのだから、スザクに教える必要はないと、秘密裏に建造していたと言う事か。 「さて、どうするスザク。私達とここで別れるか、私を王の墓守に加えるか」 選びなさい。 シュナイゼルの事だ、何処にルルーシュの棺があるか知っているだろう。 その上での発言。 だからこそ、主はルルーシュだと先程宣言したのだ。 選択肢は与えられているが、選択の余地など無かった。 「安心しなさい、アヴァロンのステルス機能は優秀だ。日本に接近しても気づかれる事はないよ」 ・・・確定だ。アッシュフォード学園地下だと知っているだろう。 もしかしたらシュナイゼルが、あの棺を用意した可能性もある。 主であるルルーシュの遺体を美しいまま保管するために。 「解りました。ルルーシュが安らかに眠れるよう協力してください」 スザクの返事に、シュナイゼルは笑顔で答えた。 今だあの会議場の騒音が聞こえる。 ゼロが枢木スザクだなんてあり得ないと反論する代表に対し、カグヤと扇がゼロはスザクだと同意を示している声が聞こえてくる。 ゼロは、英雄は日本人なのだと何故か優越感に浸るような言い方。 その言葉に虫唾が走る。 お前たちのためにゼロとなったわけではない。 お前たちのためだけにゼロがいたわけではない。 愚かな事だ。 ルルーシュが生み出した最後の奇跡。 ゼロの正体は隠し通さなければならない事だった。 知られてはいけない事だったのに。 手品と同じで、奇跡の種は明かしてはいけない。 種が知られれば、それは奇跡では無くなるから。 だが、それでいい。 ゼロが枢木スザク。 超合衆国の議長であり、ゼロの妻を名乗っていたカグヤが。 日本の首相であり、黒の騎士団の副司令だった扇が。 ブリタニアの代表であり、エリア11総督だったナナリーが。 当時ゼロの敵であった者、そして味方であった者たちが証明した。 今のゼロが、死んだはずの枢木スザクであると。 これは決定的といっていいだろう。 「さて、次は先代のゼロが誰かだね」 シュナイゼルは楽しげに言った。 スザクはずっとゼロと敵対側にいた。 悪逆皇帝を打倒したのがスザクでも、その前は違う。 一つの嘘が暴かれれば、次の嘘が暴かれる。 そのうち人々は思いだすだろう。 誰が、ペンドラゴンを消し去ったか。 誰が、ゼロの死亡を伝えたのか。 それを暴くきっかけを、その時を。 今か今かと待っている者がいる事を彼女たちは知らない。 |